過ぎた夏はサヨナラも言わずに・・・ 後編
- 2015/11/06
- 00:24
鳥たちが朝の訪れを知らせ、柔らかな日差しが窓から差し込んでいた。
彼女は自分のために用意された寝床で、新しい人生の息吹を実感していた。
カラダだけ求められ、価値が無くなれば捨てられる・・・。
そんな宿命を背負って生きてきた彼女たちにとってこんな出来事は稀なことだろう。
姉妹たちと同じ様にもちろんカラダの交渉はあったが、
それは決して悲観的な出来事では無く未来へと続く崇高な行為であった。
土埃で汚れてしまった髪も、綺麗に手入れされ本来の色と自慢の艶やかさを取り戻している。
彼 「ここまで来るのは大変だっただろ・・・?ゆっくり休むと良い。」
そう言うと彼は十分過ぎる、食べ物と飲み物を彼女に差し出した。
今までも確かに食料や水は与えられて生きてきた。
けれどそれは彼女たちを ”商品” として扱うためであり、彼女たちの将来を慮ってではなかった。
彼女は彼の元へ来て始めて、未来へ繋がる彼女のための人生が始まったのだ。
彼の住むこの街は北国のようで暖かな地方で生まれた彼女には堪えた。
しかしそんな時は彼が暖炉へ薪をいつもより多くくべて彼女が凍えないように配慮してくれた。
彼 「俺の住むこの国は雪が降るんだ・・・。お前には厳しい季節になると思うけど頑張ってくれ。」
始めはあまり彼女へ干渉しない彼だったが、最近は元気になった彼女の髪の毛を愛でるように触る事も増えていた。
****************************************************************
彼と交わった始めての夜。
あれ以来二人の間に夜の交渉はなかった。
彼は彼女の体を何よりも労わっていたし、彼女も自分から迫れる程積極的でも無かった。
けど彼も彼女もお互いの今の状況に不満は無かった。
彼女はこんな穏やかな日がずっと続いて欲しいと願った。
彼は外での仕事の他に、家で物書きの仕事もしているようだった。
夕飯を食べ終わった後は、自室に籠っては酒場から聞こえてくる音楽を聴きながら
蝋燭の光をたよりにペンを走らせていた。
物書きとしては全然売れていないようだったが、彼が夢中で文章を紡ぎ出す作業を見ているのは彼女の楽しみでもあった。
夜遅くまで執筆をして気づいたら机に突っ伏して寝てしまう事もあった。
そんな時彼女は彼に気づかれないように自慢の髪の毛で、そっと彼の頬を撫でてあげるのが楽しみだった。
そうすうと彼は体を一度よじらせて目覚める。
何事も無かったかのようにキリの良いところまで書き上げると、彼女を暖炉の側の寝床へ連れて行き眠りにつく。
彼女は、世間が当然のように享受している平穏な毎日を、特別な日々であると実感し幸せを噛みしめていた。
鳥の囀り、太陽の光、窓から見えるキラキラ輝く雪・・・。
時間は彼にも彼女にもそして世間にも平等に流れ、鳥たちは次の季節の訪れを告げていた。
****************************************************************
雪が溶けて若芽たちが息吹く時、そこには彼と彼女の変わらぬ日々が続いていた。
彼 「やっと暖かくなってきたな。これで君ももっと元気になるな。」
穏やかな表情を彼女に向ける彼。
彼女もまた柔らかな笑顔で彼に応える・・・。
・・・・・・彼は彼女の表情に違和感を感じた。
艶やかだった髪の毛が少し傷んでいた。
それに笑顔も少しこわばっているように感じた。
この家に来て彼女は元気になってきたはずだ。そんな思い込みから彼女の微妙な変化に気づくのが遅れた。
やっと彼女にとって待ち望んだ、暖かな季節がやってくる。
彼女にとってこれからが本当の人生の始まりなんだ。
彼は暖かなお風呂を沸かし、街に薬を買いに走った。
彼 「何でもっと早く気付けなかったんだ・・・。彼女には俺しかいなかったのに。」
自分を戒めるように呟く彼の手を握り、彼女が弱弱しく微笑む。
こんな時でも彼女は弱音一つ吐かない。
それから彼の懸命な看病は毎日続いた・・・。
夏はもう目の前に迫っていた。
****************************************************************
日の当たらない、小さな庭。
私の家の裏にある、誰の眼にもとまらない忘れられた土地。
苔むした小さな石たちの側に、一本の小さな木片が立てられていた。
其れには小さく名前が刻まれてた。
私が彼女に一番初めに与えたのは、温もりでも寝床でも無くて名前だった。
誰も彼女の本当の名前すら知らない。
生まれてから個人として存在を認識されず、自分の意思とは無関係に知らない北国に連れてこられた。
望まず辿り着いた土地で、望んだこともない夢が現実になった。
これから始まる新たな人生への希望と愛を知った彼女。その夢を掴んだはずなのに逝ってしまった。
二人で過ごした穏やかな日々の記憶・・・
悲壮に暮れる心とは裏腹に進む、世間の時間。
私も生活のためにその歩みを止める事は出来なかった。
変わらず続く日常、今日もきっと市場では彼女と同じ様な者たちが並んでいる・・・。
「こんな自分にも誰か救えるかもしれない。」
そう思って彼女を救い出したあの日・・・。
知識もチカラも足りなかった私は、結局誰も救えなかった。
独りよがりのその行為で訪れたあの日々は彼女にとって果たして ”幸せ” だったのだろうか?
彼女は何も語らず逝った・・・その答えは出そうも無い。
ただあの時の彼女の笑顔や頬に触れた髪の感触。
それは確かに ”ココ” にあった。そしてこれからも私の心の中であの日の想い出はは永遠に生き続けるだろう・・・
小さな窓から蝋燭の灯りが漏れていた。
今日も変わらず酒場からは陽気な音楽が喧噪と交じり流れてくる。
彼は彼女との思い出の日々を綴り、一冊の本にした。
****************************************************************
あれから数十年の日々が過ぎた・・・。
今にも朽ち果てそうなボロ家。
その窓からはもう何年も蝋燭の灯りが漏れる事は無かった。
昔は酒場もあり、賑わっていたこの界隈も今では居住区が移動して忘れられた土地と化していた。
街の新たな区画整備のために役人がこの辺りの地区を見回りに来ていた。
役人 「とりあえずこの辺り一帯は一度全て更地にしてしまいましょう。」
隣を歩くいかにも体力自慢そうな土木作業員風の男と話しながら歩いている。
役人 「この辺りはボロ家ばっかりだから、正直アンタ達に頼まなくても風が吹くだけで崩れそうですがね。」
冗談交じりに目の前のボロ家の壁を押す。
見た目以上に老朽化していた木の家は激しく音を立てて崩れた。
役人 「やべっ!俺が壊したのは内緒にして下さいよ。」
土木作業員風の男に目配せしてその場を去ろうとする二人。
視界の隅に驚くべき光景を捉えていた。
それは瓦礫の隙間から見えたのは、ベッドで横たわる人間の姿だった。
急いで瓦礫をどかす二人。
この辺りは廃棄地区になってもう数十年経つ。
野良猫がねぐらにすることはあっても人間は近づきさえしない地域のはずだ。
しかし実際に人がいた。
瓦礫をどかした二人は更に衝撃的な光景を目の当たりにした。
ベッドの上で横たわる男性。
・・・いやミイラ化した男性の死体だった。
白髪だらけの頭に穏やかな表情をして静かに眠っていた。
そしてその手には自分で製本をしたのであろう・・・不格好な一冊の本が握られていた。
土木作業員 「誰かに死に目を看取ってもらうこともなかったのか・・・。」
辺りを見渡すと家の裏・・・昔は庭だったであろう場所に何か茶色い物が沢山置かれていた。
近づいてみると家と同じ様に、ボロボロに朽ちかけた木片の側に沢山の枯れた花が置かれていた。
タンポポ、秋桜、椿などの季節ごとの花々、一番多くあったのがヒマワリの花だった。
土木作業員 「彼の最愛の人の墓だろう・・・。彼を横に埋めてあげてもいいか?」
役人に訪ねると、その返事すら待たずにその外見からは想像出来ないような
繊細は仕草で男性の遺体を持ち上げ、普段から使い慣れているであろうスコップで穴を掘る。
男性の遺体を埋めると土木作業員は瓦礫の中から一枚の手紙と大きな銀製の皿を持ってきた。
スコップを器用に使い、手紙から判明した男性の名前と朽ちかけた墓標に記された女性の名前を銀の皿に丁寧に刻んだ。
土木作業員 「これで二人が離れ離れになる事も朽ちる事もないだろう。安らかに眠ってくれ。」
生前に男性が植えたものだろうか?
近くに自生していた大きく咲き誇るヒマワリを一輪、墓標に添えると、二人はその場所を後にした。
****************************************************************
人の気配が消えて数十年経っていたとは思えない程、その場所は賑わっていた。
廃棄区域は綺麗に整備され近代的な建物が多く立ち並んでいた。
その建物の一角に回りの景色とは似つかわしくない緑が溢れる小さな場所があった。
沢山のヒマワリが咲き誇り、真ん中には小さな銀皿で作られた墓標があった・・・。
近くを母親に手を引かれた小さな女の子が通る。
子供は原っぱででも取って来たのか、野草だらけの花束を誇らしげに持っている。
ふと、横に見えたお墓に興味を持ったのか、母親に話しかける。
子供 「ママ、あれ何?」
母親 「あれはこの世界を変えた二人が眠っている場所なの。」
子供 「二人って誰?土の中で寝てるの?」
母親 「うーん・・・アナタがもう少し大きくなったら、そのお話の本を読んであげる。」
子供 「やったー。もう少しっていつ?あした?あさって?」
母親 「もうこの子ったら。そうね・・・アナタが一人で寝れるようになったらかしら?」
子供 「もうあたし一人でも寝れるもん!ママが寂しがるから一緒に寝てるんだもん。」
母親 「あらあら、じゃあ夜に起きた時にトイレも一人でいけるのね。」
子供 「うーん・・・やっぱりママと一緒がいい!」
母親 「ふふふ、そしたらお花を一本置いて来ましょうか。」
子供 「うん!何の花がいいかな・・・?」
母親 「これなんか素敵じゃないかしら?」
そういうと子供の持っている花束の中から一際大きなヒマワリを一輪墓標に添えて手を合わせた。
子供 「二人とも仲良くおねんねしててね。」
母親は優しく我が子の頭を撫でると、優しく手を引いて歩いて行った。
・・・あの日、男性の遺体を埋めた後、役人は遺体が握っていた本を持って帰り読んだ。
その内容に感銘を受けた彼は出版社に持ち込み本は大規模に販売される事となった。
奴隷の実態、二人の純愛、そして死別。
その内容はラブストーリーとしてだけでは無く、今まで当たり前に行われていた奴隷制度にも一石を投じた。
民衆の意思に押されるように国は奴隷制度を廃止。
今まで辛い生活を強いられていた人々はその苦難から解放され自由を勝ち得ていた。
そしてその功績を称え、民衆が自主的に二人の墓を以前の姿のまま残したのだ。
****************************************************************
二人の墓標の前に艶やかな髪をした女性が数人立っていた。
その手には彼の本とヒマワリの花束が握られていた。
女性 「あなた方のおかげで私たちは今幸せに暮らしています。」
そう言って墓前に花束を添える女性たち。
その面立ちは生前の ”彼女” の面影を残している。
銀皿に刻まれた名前を愛しそうに撫でた後、女性は一冊の本を墓標に置いた。
女性 「本当にありがとうございます。天国でも二人幸せに暮らして下さい。」
名残惜しそうにその場を後にする女性たち。
風がヒマワリを揺らし、まるで意思があるように本のページをめくる・・・。
そして今まで吹いていた風は嘘のようにピタリと止んだ。
開かれた巻末のページにはこう書かれていた。
”過ぎた夏はサヨナラも言わずに・・・
この本を最愛の女性、パイ子に捧げる。
著者 ぷにちん ”
彼女は自分のために用意された寝床で、新しい人生の息吹を実感していた。
カラダだけ求められ、価値が無くなれば捨てられる・・・。
そんな宿命を背負って生きてきた彼女たちにとってこんな出来事は稀なことだろう。
姉妹たちと同じ様にもちろんカラダの交渉はあったが、
それは決して悲観的な出来事では無く未来へと続く崇高な行為であった。
土埃で汚れてしまった髪も、綺麗に手入れされ本来の色と自慢の艶やかさを取り戻している。
彼 「ここまで来るのは大変だっただろ・・・?ゆっくり休むと良い。」
そう言うと彼は十分過ぎる、食べ物と飲み物を彼女に差し出した。
今までも確かに食料や水は与えられて生きてきた。
けれどそれは彼女たちを ”商品” として扱うためであり、彼女たちの将来を慮ってではなかった。
彼女は彼の元へ来て始めて、未来へ繋がる彼女のための人生が始まったのだ。
彼の住むこの街は北国のようで暖かな地方で生まれた彼女には堪えた。
しかしそんな時は彼が暖炉へ薪をいつもより多くくべて彼女が凍えないように配慮してくれた。
彼 「俺の住むこの国は雪が降るんだ・・・。お前には厳しい季節になると思うけど頑張ってくれ。」
始めはあまり彼女へ干渉しない彼だったが、最近は元気になった彼女の髪の毛を愛でるように触る事も増えていた。
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彼と交わった始めての夜。
あれ以来二人の間に夜の交渉はなかった。
彼は彼女の体を何よりも労わっていたし、彼女も自分から迫れる程積極的でも無かった。
けど彼も彼女もお互いの今の状況に不満は無かった。
彼女はこんな穏やかな日がずっと続いて欲しいと願った。
彼は外での仕事の他に、家で物書きの仕事もしているようだった。
夕飯を食べ終わった後は、自室に籠っては酒場から聞こえてくる音楽を聴きながら
蝋燭の光をたよりにペンを走らせていた。
物書きとしては全然売れていないようだったが、彼が夢中で文章を紡ぎ出す作業を見ているのは彼女の楽しみでもあった。
夜遅くまで執筆をして気づいたら机に突っ伏して寝てしまう事もあった。
そんな時彼女は彼に気づかれないように自慢の髪の毛で、そっと彼の頬を撫でてあげるのが楽しみだった。
そうすうと彼は体を一度よじらせて目覚める。
何事も無かったかのようにキリの良いところまで書き上げると、彼女を暖炉の側の寝床へ連れて行き眠りにつく。
彼女は、世間が当然のように享受している平穏な毎日を、特別な日々であると実感し幸せを噛みしめていた。
鳥の囀り、太陽の光、窓から見えるキラキラ輝く雪・・・。
時間は彼にも彼女にもそして世間にも平等に流れ、鳥たちは次の季節の訪れを告げていた。
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雪が溶けて若芽たちが息吹く時、そこには彼と彼女の変わらぬ日々が続いていた。
彼 「やっと暖かくなってきたな。これで君ももっと元気になるな。」
穏やかな表情を彼女に向ける彼。
彼女もまた柔らかな笑顔で彼に応える・・・。
・・・・・・彼は彼女の表情に違和感を感じた。
艶やかだった髪の毛が少し傷んでいた。
それに笑顔も少しこわばっているように感じた。
この家に来て彼女は元気になってきたはずだ。そんな思い込みから彼女の微妙な変化に気づくのが遅れた。
やっと彼女にとって待ち望んだ、暖かな季節がやってくる。
彼女にとってこれからが本当の人生の始まりなんだ。
彼は暖かなお風呂を沸かし、街に薬を買いに走った。
彼 「何でもっと早く気付けなかったんだ・・・。彼女には俺しかいなかったのに。」
自分を戒めるように呟く彼の手を握り、彼女が弱弱しく微笑む。
こんな時でも彼女は弱音一つ吐かない。
それから彼の懸命な看病は毎日続いた・・・。
夏はもう目の前に迫っていた。
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日の当たらない、小さな庭。
私の家の裏にある、誰の眼にもとまらない忘れられた土地。
苔むした小さな石たちの側に、一本の小さな木片が立てられていた。
其れには小さく名前が刻まれてた。
私が彼女に一番初めに与えたのは、温もりでも寝床でも無くて名前だった。
誰も彼女の本当の名前すら知らない。
生まれてから個人として存在を認識されず、自分の意思とは無関係に知らない北国に連れてこられた。
望まず辿り着いた土地で、望んだこともない夢が現実になった。
これから始まる新たな人生への希望と愛を知った彼女。その夢を掴んだはずなのに逝ってしまった。
二人で過ごした穏やかな日々の記憶・・・
悲壮に暮れる心とは裏腹に進む、世間の時間。
私も生活のためにその歩みを止める事は出来なかった。
変わらず続く日常、今日もきっと市場では彼女と同じ様な者たちが並んでいる・・・。
「こんな自分にも誰か救えるかもしれない。」
そう思って彼女を救い出したあの日・・・。
知識もチカラも足りなかった私は、結局誰も救えなかった。
独りよがりのその行為で訪れたあの日々は彼女にとって果たして ”幸せ” だったのだろうか?
彼女は何も語らず逝った・・・その答えは出そうも無い。
ただあの時の彼女の笑顔や頬に触れた髪の感触。
それは確かに ”ココ” にあった。そしてこれからも私の心の中であの日の想い出はは永遠に生き続けるだろう・・・
小さな窓から蝋燭の灯りが漏れていた。
今日も変わらず酒場からは陽気な音楽が喧噪と交じり流れてくる。
彼は彼女との思い出の日々を綴り、一冊の本にした。
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あれから数十年の日々が過ぎた・・・。
今にも朽ち果てそうなボロ家。
その窓からはもう何年も蝋燭の灯りが漏れる事は無かった。
昔は酒場もあり、賑わっていたこの界隈も今では居住区が移動して忘れられた土地と化していた。
街の新たな区画整備のために役人がこの辺りの地区を見回りに来ていた。
役人 「とりあえずこの辺り一帯は一度全て更地にしてしまいましょう。」
隣を歩くいかにも体力自慢そうな土木作業員風の男と話しながら歩いている。
役人 「この辺りはボロ家ばっかりだから、正直アンタ達に頼まなくても風が吹くだけで崩れそうですがね。」
冗談交じりに目の前のボロ家の壁を押す。
見た目以上に老朽化していた木の家は激しく音を立てて崩れた。
役人 「やべっ!俺が壊したのは内緒にして下さいよ。」
土木作業員風の男に目配せしてその場を去ろうとする二人。
視界の隅に驚くべき光景を捉えていた。
それは瓦礫の隙間から見えたのは、ベッドで横たわる人間の姿だった。
急いで瓦礫をどかす二人。
この辺りは廃棄地区になってもう数十年経つ。
野良猫がねぐらにすることはあっても人間は近づきさえしない地域のはずだ。
しかし実際に人がいた。
瓦礫をどかした二人は更に衝撃的な光景を目の当たりにした。
ベッドの上で横たわる男性。
・・・いやミイラ化した男性の死体だった。
白髪だらけの頭に穏やかな表情をして静かに眠っていた。
そしてその手には自分で製本をしたのであろう・・・不格好な一冊の本が握られていた。
土木作業員 「誰かに死に目を看取ってもらうこともなかったのか・・・。」
辺りを見渡すと家の裏・・・昔は庭だったであろう場所に何か茶色い物が沢山置かれていた。
近づいてみると家と同じ様に、ボロボロに朽ちかけた木片の側に沢山の枯れた花が置かれていた。
タンポポ、秋桜、椿などの季節ごとの花々、一番多くあったのがヒマワリの花だった。
土木作業員 「彼の最愛の人の墓だろう・・・。彼を横に埋めてあげてもいいか?」
役人に訪ねると、その返事すら待たずにその外見からは想像出来ないような
繊細は仕草で男性の遺体を持ち上げ、普段から使い慣れているであろうスコップで穴を掘る。
男性の遺体を埋めると土木作業員は瓦礫の中から一枚の手紙と大きな銀製の皿を持ってきた。
スコップを器用に使い、手紙から判明した男性の名前と朽ちかけた墓標に記された女性の名前を銀の皿に丁寧に刻んだ。
土木作業員 「これで二人が離れ離れになる事も朽ちる事もないだろう。安らかに眠ってくれ。」
生前に男性が植えたものだろうか?
近くに自生していた大きく咲き誇るヒマワリを一輪、墓標に添えると、二人はその場所を後にした。
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人の気配が消えて数十年経っていたとは思えない程、その場所は賑わっていた。
廃棄区域は綺麗に整備され近代的な建物が多く立ち並んでいた。
その建物の一角に回りの景色とは似つかわしくない緑が溢れる小さな場所があった。
沢山のヒマワリが咲き誇り、真ん中には小さな銀皿で作られた墓標があった・・・。
近くを母親に手を引かれた小さな女の子が通る。
子供は原っぱででも取って来たのか、野草だらけの花束を誇らしげに持っている。
ふと、横に見えたお墓に興味を持ったのか、母親に話しかける。
子供 「ママ、あれ何?」
母親 「あれはこの世界を変えた二人が眠っている場所なの。」
子供 「二人って誰?土の中で寝てるの?」
母親 「うーん・・・アナタがもう少し大きくなったら、そのお話の本を読んであげる。」
子供 「やったー。もう少しっていつ?あした?あさって?」
母親 「もうこの子ったら。そうね・・・アナタが一人で寝れるようになったらかしら?」
子供 「もうあたし一人でも寝れるもん!ママが寂しがるから一緒に寝てるんだもん。」
母親 「あらあら、じゃあ夜に起きた時にトイレも一人でいけるのね。」
子供 「うーん・・・やっぱりママと一緒がいい!」
母親 「ふふふ、そしたらお花を一本置いて来ましょうか。」
子供 「うん!何の花がいいかな・・・?」
母親 「これなんか素敵じゃないかしら?」
そういうと子供の持っている花束の中から一際大きなヒマワリを一輪墓標に添えて手を合わせた。
子供 「二人とも仲良くおねんねしててね。」
母親は優しく我が子の頭を撫でると、優しく手を引いて歩いて行った。
・・・あの日、男性の遺体を埋めた後、役人は遺体が握っていた本を持って帰り読んだ。
その内容に感銘を受けた彼は出版社に持ち込み本は大規模に販売される事となった。
奴隷の実態、二人の純愛、そして死別。
その内容はラブストーリーとしてだけでは無く、今まで当たり前に行われていた奴隷制度にも一石を投じた。
民衆の意思に押されるように国は奴隷制度を廃止。
今まで辛い生活を強いられていた人々はその苦難から解放され自由を勝ち得ていた。
そしてその功績を称え、民衆が自主的に二人の墓を以前の姿のまま残したのだ。
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二人の墓標の前に艶やかな髪をした女性が数人立っていた。
その手には彼の本とヒマワリの花束が握られていた。
女性 「あなた方のおかげで私たちは今幸せに暮らしています。」
そう言って墓前に花束を添える女性たち。
その面立ちは生前の ”彼女” の面影を残している。
銀皿に刻まれた名前を愛しそうに撫でた後、女性は一冊の本を墓標に置いた。
女性 「本当にありがとうございます。天国でも二人幸せに暮らして下さい。」
名残惜しそうにその場を後にする女性たち。
風がヒマワリを揺らし、まるで意思があるように本のページをめくる・・・。
そして今まで吹いていた風は嘘のようにピタリと止んだ。
開かれた巻末のページにはこう書かれていた。
”過ぎた夏はサヨナラも言わずに・・・
この本を最愛の女性、パイ子に捧げる。
著者 ぷにちん ”