過ぎた夏はサヨナラも言わずに・・・ 前編
- 2015/11/03
- 22:35
照りつける太陽と穏やかな時間が流れる静かな場所、そこで彼女は生まれた。
ゆったりと巡る時間の中、見渡せばいつも当たり前の様に近くに家族がいた。
晴れの日も、恵みの雨の日も大きくなる時をジッと待っていた。
辛いと思ったことは無い、彼女にとってそれは自然な事だし、何よりも彼女には一緒に苦難を分かち合える沢山の姉妹がいる。
人は皆、物心つく頃には人生は思い通りにはいかない。望みはいつも叶うものではない事を学習する。
しかし彼女は・・・いや、彼女の家族も皆生まれた時から、それを誰よりも自覚していた。
それを不幸だとは感じなかったし、自分達の宿命であると受け入れていた。
良くある話・・・。
それは今やありふれたドラマや小説でもよく見られる不幸の話。
人生に選択肢など存在せず、大きな時代の流れと力のあるモノ達に翻弄されるだけ。
・・・それが彼女達の宿命だった。
生まれた時から分かっていた。
自分も姉妹たちも、ある程度大きくなったら家族は皆バラバラに。
誰とも知らないヒト達、何処とも分からない場所へ連れていかれる・・・。
拒否権など存在せず、子供を残すことも出来ず、
纏ったベールを剥かれ、自分の意思とは裏腹にそのカラダを貪られる愛玩的人生。
たわわに実った若い果実はその人生を終える。
これ以上の悲劇、いや喜劇があるだろうか?
イルカやクジラ・・・果ては牛や豚ですら保護を叫ぶ人間がいる一方、
彼女たちにそんな言葉や感情を持ち合わせる人間はいない。
彼女たちはそんな扱いをされて当然。
だって痛みも悲しみも無いでしょ?といわんばかりの冷酷な世界・・・。
世界は悲しみで満ちているのかもしれない。
いや、いつだって時代は強者のルールで形作られ、搾取でのみ成り立っている。
その日は突然やってきた。
今年も前年を上回る猛暑記録を更新! などと平和ボケしたニュースが流れる中。
けたたましい轟音をあげ、彼らは大勢でやってきた。
あるモノは鋭いカマを手に。
あるモノは重機に乗り、彼女たちの安息の地をメチャクチャに荒らしまわった。
姉妹の中でも発育の良かった姉は、
家族の見ている前でそのカラダをまさぐられ、その場で大勢の男達に貪られた。
悦に入った顔で姉に貪りつく男達。
その顔には搾取する者だけが得られる、優越感と狂気に満ちた笑みが張り付いていた。
姉がそんな目に遭っているのに誰も非難の声をあげる家族はいなかった。
皆自覚していた・・・。
遅いか、早いかの違いだけで私たちは同じ最後を遂げる。
世界は変わらない、と。
姉意外はその場で乱暴をされずになんとか済んだ。
しかし彼女を含め一、緒に育った姉妹たちは容姿の良し悪しを問わず
例外なく皆、狭いトラックに押し込まれ、破滅への道を歩み始めた。
あれから何日が過ぎただろうか?
クッション性など全く考慮されていないトラックの荷台に押し込められて数時間移動した。
その後はギュウギュウに真っ暗のコンテナに押し込まれ、荒波に揺られた。
沢山いた姉妹もバラバラにされて末の妹の姿は気づいたら見当たらなくなっていた。
家族と暮らしている時は生活に必要な水や生活に必要な栄養は男達から与えられていた。
しかし今はもう違う。
あの日・・・家をメチャクチャにされてからもう何日が経つだろうか?
2日までは確かに感覚的に覚えているがそれ以降はもう分からなくなっていた。
家を壊され、トラックに揺られてから彼女たちは一滴の水も与えられるこもとなく、
これから来るであろう、より過酷な現実と対峙せねばならなかった。
暗闇は彼女の意識すら覆い隠し、朦朧とする意識をより一層闇に引きずり込む。
永遠に続くとも思われる漆黒と静寂は突然の光で幕を閉じた。
どうやら船旅は終わったようだ。
あけ放たれたコンテナから乱暴に降ろされる彼女たち。
見知らぬ土地だった。
太陽は上がっているのに、肌寒い。
過酷な船旅と暖かな気候で育った彼女たちには非常に堪えた。
流れ作業の様に黙々と彼女たちを新たなトラックへ乗せていく男。
人間はどこまで冷酷になれるのか? その問いの答えが彼なのかもしれない。
その顔には何の感情を見出す事も出来ず、ビジネスとして作業をこなすだけ・・・。
目の前で投げるように乱暴に姉妹たちがモノ扱いされている。
私たちの末路は遺伝子が知っている。
けど、最期の時は分かっても過程は未知であった。
何故なら連れ去られた家族は一人の例外も無く、帰ってこなかったから。
悲しみが無いと言えばウソである。
搾取されるだけの人生。
抗う・・・という選択肢すらなかった。
頭の中で思考が渦を作るも、自分に未来がある答えは針の穴程の可能性すら見いだせなかった。
彼女のツヤのあった髪もホコリにまみれ、以前の艶やかさは微塵も感じられなかった。
ハリのあったみずみずしい肌も、まともな水分すら与えられず、その美しさを維持できなくなっていた。
気付いたら腹の出た醜悪な男が彼女たちを絡みつくようなジットリとした眼つきでみている。
彼女たちが平穏に住んでいた時、時々やってくる男達が話していた内容を思い出した。
私たちを買ってまた違う者たちへ売る人間がいるという事を・・・。
奴隷商人である。
ヤニで黄ばんだ歯を見せて、彼女たちを一山いくら・・・で買い漁っていった。
またそれからは同じことの繰り返し。
トラックに揺られ、次は妹が醜悪な男の餌食になった。
気づいたら店先に幾人かの姉妹と彼女はその肢体を隠す布すら与えられず並べられていた。
申し訳程度にそのカラダについた汚れを落とされ、道行く人々の目に止まるように並ばされた。
横を見ると異国の女性だろうか?
見慣れない肌の色をした者たちもいたが、出身など関係なく同じ扱いを受けていた。
私たちは言葉を発する事を禁じられている。
凍える寒さに肩を震わすも、道行く人々は誰一人彼女たちの身を案じない。
男女問わず彼女たちを値踏みする ”買い手” が近づいてきては値踏みして去っていく。
盛大に市が始まると、投げ売りの様な値段で異国の者や姉妹たちに ”買い手” がついてゆく。
私たちの価値はそのカラダにあるようで、売り手は客の要望に応えて
長く伸ばしていた髪をバッサリと切って客へと引き渡す。
姉妹が数える程に減った時、私にもその時は来た。
昼過ぎの市。
力仕事が出来る奴隷を求める、高齢の客が多かったが年の頃は30前後の男性の客が彼女を見ていた。
どう見ても彼女より彼の方が力仕事には向いている。
いや、それ以前に奴隷を買うような身分の人間には見えなかった。
カラダばかり見てくる他の ”買い手” とは違い、彼は彼女の艶やかな髪の毛をジッと見つめていた。
彼女の手を取ると彼は売り手の元へ向かった。
また奴隷が売れる事が嬉しいのか薄っぺらい笑顔を張り付けた商人が彼に行った。
奴隷商人 「髪の毛はここでバッサリ切っていきますか?」
この時が来る事は彼女も分かっていた。
最期の時も心を乱さず、受け入れる覚悟は出来ていた。
だけど、この年まで伸ばしてきた艶やかな髪を切られる・・・。その事実に彼女の心は激しく動揺していた。
彼は彼女の方には全く目をやらず、商人に呟くように言った。
彼 「いや。髪の毛はそのままでいい。」
彼女は満面の笑みを彼に向けたが、気付いていないのか、気づかぬふりをしているのか
彼は商人が渡した白いスベスベの布を彼女に纏わせると、彼女の手をそっと引いて市を後にした・・・。
白い布は彼女の生まれた土地では見たことも触れたこともない素材だった。
吹きつける冷たい風を遮り、水もはじく魔法の様な素材であった。
見た事も無い世界で、自分の運命が大きく変わるかもしれない・・・。
彼女はそんな微かな希望を彼の暖かな手から感じていた。
*************************************************************
市場から少し離れた場所にある、日当たりの悪い狭い家。それが彼の寝床だった。
家に着くと彼は外套を脱ぎ、楽な部屋着に着替えた。
彼女のカラダが反射的にこわばった。
家を荒らされた時の光景がフラッシュバックした。
大勢の男達に貪られる姉。
泣き叫ぶ声は男達には届かず、ひとしきりその行為に満足すると男達は
元 ”姉” だったものにはもう興味も示さず、私たちを攫った。
彼女は狭い世界で育ったが、奴隷と言うものがどういうものかは知っている。
死ぬまで過酷な労働を強いられるか、愛玩目的でそのカラダが言葉通り ”壊れる” まで酷使される。
どちらも待っているのは壮絶な最期である。
姉妹たちの末路を見ている限り、彼女たちの価値は後者の愛玩目的のようである。
彼女は数秒後に訪れる自分の運命に身構えるも、彼はそんな彼女の変化にも気付かず寛いでいる。
彼は寡黙な男だった。
まるでそこに彼女がいないように振る舞い、彼女は茫然と立ち尽くすばかりであった。
数刻程して家の雑務を終えると彼は言葉も発せず、彼女の手を引いて家の奥へ連れて行った。
これから起こるであろう残酷な現実を思い描くも、不思議と彼女に恐怖心は無かった。
もとより覚悟は出来ていたし、彼が相手なら悪く無い、そう思った。
連れていかれたのはお風呂だった。
あぁ・・・取りあえずお楽しみは私のカラダを綺麗にしてからなのかな・・・
これから行われる事に何の感情も無い。ただの物理的な接触がそこにあるだけ。
そう、私は受け入れるだけだ。
漠然と姉妹たちの最後を思い出すも、彼の振る舞いから尊厳のある最期を迎えられそうな予感を抱いていた。
頭では自分の運命を理解している。
覚悟も出来ている、はずだった・・・。
しかしいざその時が自分の身に迫ると流石の彼女も冷静ではいられなかった。
小刻みに震える体。
寒さからくるものでは無く、これから女として初めて経験するであろう恐怖と痛みを想像すると慄いた。
先ほどまで纏っていた白い布も脱がされ、そのしなやかな肢体は露わになっている。
彼女は細い腕で申し訳程度にカラダを隠すも、その目的とは裏腹にその魅力と女性らしさを強調するだけであった。
彼の指先が彼女のカラダに伸びてくる。
ピクリと彼女が反応し、数秒後に始まるであろう ”宴” に硬直する。
しかしまた彼女の予測は良い意味で裏切られた。
彼は彼女のそのホコリで汚れた髪の毛を優しく撫で、その汚れを丹念に落としてくれた。
彼 「綺麗な髪の毛だな。」
彼女に対して言われた言葉では無い。
虚空に呟くように言葉が静寂に飲まれていく。
彼の眼は彼女を見ている・・・しかしその眼は”今”では無く”未来”を見据えているようだった。
*************************************************************
彼女が彼の家に来てから、何日かが経過していた。
奴隷として買われたはずの彼女。
しかし一向に厳しい労働も彼の寝床に連れていかれる事も無かった。
訝しげに彼を見つめる事もあったが、彼女がそこに居ないように彼は振る舞い続けた。
ある日小脇に荷物を抱えて、彼が仕事から帰ってきた。
彼は部屋着に着替えると、彼女には目もくれず黙々と何かを作り始めた。
目の前で出来上がっていく物を見つめる彼女。
そんなはずはない・・・頭では否定するも、目の前に突き付けられる現実。
より現実味を帯びて完成してゆく成果物は彼女の心を大きく揺さぶった。
彼 「ここが今日から君の家だ。」
そこには彼女の故郷と瓜二つの、彼女のための寝床が用意されていた。
彼 「君さえ良ければ、ここで家族を作らないか?」
今までどんなにつらいことがあっても彼女は声をあげなかった。
笑顔で微笑むことはあっても大きく感情を表に出すことはなかった。
自分の人生を諦めていたから。
こんな自分に”未来”なんて無いと思っていたから。
彼女は声を殺して泣いた。
彼が彼女の髪をそっと撫でた。
穏やかな時間の中、二人は結ばれた。
月が微笑んでいた。
ーーー つづく ーーー
ゆったりと巡る時間の中、見渡せばいつも当たり前の様に近くに家族がいた。
晴れの日も、恵みの雨の日も大きくなる時をジッと待っていた。
辛いと思ったことは無い、彼女にとってそれは自然な事だし、何よりも彼女には一緒に苦難を分かち合える沢山の姉妹がいる。
人は皆、物心つく頃には人生は思い通りにはいかない。望みはいつも叶うものではない事を学習する。
しかし彼女は・・・いや、彼女の家族も皆生まれた時から、それを誰よりも自覚していた。
それを不幸だとは感じなかったし、自分達の宿命であると受け入れていた。
良くある話・・・。
それは今やありふれたドラマや小説でもよく見られる不幸の話。
人生に選択肢など存在せず、大きな時代の流れと力のあるモノ達に翻弄されるだけ。
・・・それが彼女達の宿命だった。
生まれた時から分かっていた。
自分も姉妹たちも、ある程度大きくなったら家族は皆バラバラに。
誰とも知らないヒト達、何処とも分からない場所へ連れていかれる・・・。
拒否権など存在せず、子供を残すことも出来ず、
纏ったベールを剥かれ、自分の意思とは裏腹にそのカラダを貪られる愛玩的人生。
たわわに実った若い果実はその人生を終える。
これ以上の悲劇、いや喜劇があるだろうか?
イルカやクジラ・・・果ては牛や豚ですら保護を叫ぶ人間がいる一方、
彼女たちにそんな言葉や感情を持ち合わせる人間はいない。
彼女たちはそんな扱いをされて当然。
だって痛みも悲しみも無いでしょ?といわんばかりの冷酷な世界・・・。
世界は悲しみで満ちているのかもしれない。
いや、いつだって時代は強者のルールで形作られ、搾取でのみ成り立っている。
その日は突然やってきた。
今年も前年を上回る猛暑記録を更新! などと平和ボケしたニュースが流れる中。
けたたましい轟音をあげ、彼らは大勢でやってきた。
あるモノは鋭いカマを手に。
あるモノは重機に乗り、彼女たちの安息の地をメチャクチャに荒らしまわった。
姉妹の中でも発育の良かった姉は、
家族の見ている前でそのカラダをまさぐられ、その場で大勢の男達に貪られた。
悦に入った顔で姉に貪りつく男達。
その顔には搾取する者だけが得られる、優越感と狂気に満ちた笑みが張り付いていた。
姉がそんな目に遭っているのに誰も非難の声をあげる家族はいなかった。
皆自覚していた・・・。
遅いか、早いかの違いだけで私たちは同じ最後を遂げる。
世界は変わらない、と。
姉意外はその場で乱暴をされずになんとか済んだ。
しかし彼女を含め一、緒に育った姉妹たちは容姿の良し悪しを問わず
例外なく皆、狭いトラックに押し込まれ、破滅への道を歩み始めた。
あれから何日が過ぎただろうか?
クッション性など全く考慮されていないトラックの荷台に押し込められて数時間移動した。
その後はギュウギュウに真っ暗のコンテナに押し込まれ、荒波に揺られた。
沢山いた姉妹もバラバラにされて末の妹の姿は気づいたら見当たらなくなっていた。
家族と暮らしている時は生活に必要な水や生活に必要な栄養は男達から与えられていた。
しかし今はもう違う。
あの日・・・家をメチャクチャにされてからもう何日が経つだろうか?
2日までは確かに感覚的に覚えているがそれ以降はもう分からなくなっていた。
家を壊され、トラックに揺られてから彼女たちは一滴の水も与えられるこもとなく、
これから来るであろう、より過酷な現実と対峙せねばならなかった。
暗闇は彼女の意識すら覆い隠し、朦朧とする意識をより一層闇に引きずり込む。
永遠に続くとも思われる漆黒と静寂は突然の光で幕を閉じた。
どうやら船旅は終わったようだ。
あけ放たれたコンテナから乱暴に降ろされる彼女たち。
見知らぬ土地だった。
太陽は上がっているのに、肌寒い。
過酷な船旅と暖かな気候で育った彼女たちには非常に堪えた。
流れ作業の様に黙々と彼女たちを新たなトラックへ乗せていく男。
人間はどこまで冷酷になれるのか? その問いの答えが彼なのかもしれない。
その顔には何の感情を見出す事も出来ず、ビジネスとして作業をこなすだけ・・・。
目の前で投げるように乱暴に姉妹たちがモノ扱いされている。
私たちの末路は遺伝子が知っている。
けど、最期の時は分かっても過程は未知であった。
何故なら連れ去られた家族は一人の例外も無く、帰ってこなかったから。
悲しみが無いと言えばウソである。
搾取されるだけの人生。
抗う・・・という選択肢すらなかった。
頭の中で思考が渦を作るも、自分に未来がある答えは針の穴程の可能性すら見いだせなかった。
彼女のツヤのあった髪もホコリにまみれ、以前の艶やかさは微塵も感じられなかった。
ハリのあったみずみずしい肌も、まともな水分すら与えられず、その美しさを維持できなくなっていた。
気付いたら腹の出た醜悪な男が彼女たちを絡みつくようなジットリとした眼つきでみている。
彼女たちが平穏に住んでいた時、時々やってくる男達が話していた内容を思い出した。
私たちを買ってまた違う者たちへ売る人間がいるという事を・・・。
奴隷商人である。
ヤニで黄ばんだ歯を見せて、彼女たちを一山いくら・・・で買い漁っていった。
またそれからは同じことの繰り返し。
トラックに揺られ、次は妹が醜悪な男の餌食になった。
気づいたら店先に幾人かの姉妹と彼女はその肢体を隠す布すら与えられず並べられていた。
申し訳程度にそのカラダについた汚れを落とされ、道行く人々の目に止まるように並ばされた。
横を見ると異国の女性だろうか?
見慣れない肌の色をした者たちもいたが、出身など関係なく同じ扱いを受けていた。
私たちは言葉を発する事を禁じられている。
凍える寒さに肩を震わすも、道行く人々は誰一人彼女たちの身を案じない。
男女問わず彼女たちを値踏みする ”買い手” が近づいてきては値踏みして去っていく。
盛大に市が始まると、投げ売りの様な値段で異国の者や姉妹たちに ”買い手” がついてゆく。
私たちの価値はそのカラダにあるようで、売り手は客の要望に応えて
長く伸ばしていた髪をバッサリと切って客へと引き渡す。
姉妹が数える程に減った時、私にもその時は来た。
昼過ぎの市。
力仕事が出来る奴隷を求める、高齢の客が多かったが年の頃は30前後の男性の客が彼女を見ていた。
どう見ても彼女より彼の方が力仕事には向いている。
いや、それ以前に奴隷を買うような身分の人間には見えなかった。
カラダばかり見てくる他の ”買い手” とは違い、彼は彼女の艶やかな髪の毛をジッと見つめていた。
彼女の手を取ると彼は売り手の元へ向かった。
また奴隷が売れる事が嬉しいのか薄っぺらい笑顔を張り付けた商人が彼に行った。
奴隷商人 「髪の毛はここでバッサリ切っていきますか?」
この時が来る事は彼女も分かっていた。
最期の時も心を乱さず、受け入れる覚悟は出来ていた。
だけど、この年まで伸ばしてきた艶やかな髪を切られる・・・。その事実に彼女の心は激しく動揺していた。
彼は彼女の方には全く目をやらず、商人に呟くように言った。
彼 「いや。髪の毛はそのままでいい。」
彼女は満面の笑みを彼に向けたが、気付いていないのか、気づかぬふりをしているのか
彼は商人が渡した白いスベスベの布を彼女に纏わせると、彼女の手をそっと引いて市を後にした・・・。
白い布は彼女の生まれた土地では見たことも触れたこともない素材だった。
吹きつける冷たい風を遮り、水もはじく魔法の様な素材であった。
見た事も無い世界で、自分の運命が大きく変わるかもしれない・・・。
彼女はそんな微かな希望を彼の暖かな手から感じていた。
*************************************************************
市場から少し離れた場所にある、日当たりの悪い狭い家。それが彼の寝床だった。
家に着くと彼は外套を脱ぎ、楽な部屋着に着替えた。
彼女のカラダが反射的にこわばった。
家を荒らされた時の光景がフラッシュバックした。
大勢の男達に貪られる姉。
泣き叫ぶ声は男達には届かず、ひとしきりその行為に満足すると男達は
元 ”姉” だったものにはもう興味も示さず、私たちを攫った。
彼女は狭い世界で育ったが、奴隷と言うものがどういうものかは知っている。
死ぬまで過酷な労働を強いられるか、愛玩目的でそのカラダが言葉通り ”壊れる” まで酷使される。
どちらも待っているのは壮絶な最期である。
姉妹たちの末路を見ている限り、彼女たちの価値は後者の愛玩目的のようである。
彼女は数秒後に訪れる自分の運命に身構えるも、彼はそんな彼女の変化にも気付かず寛いでいる。
彼は寡黙な男だった。
まるでそこに彼女がいないように振る舞い、彼女は茫然と立ち尽くすばかりであった。
数刻程して家の雑務を終えると彼は言葉も発せず、彼女の手を引いて家の奥へ連れて行った。
これから起こるであろう残酷な現実を思い描くも、不思議と彼女に恐怖心は無かった。
もとより覚悟は出来ていたし、彼が相手なら悪く無い、そう思った。
連れていかれたのはお風呂だった。
あぁ・・・取りあえずお楽しみは私のカラダを綺麗にしてからなのかな・・・
これから行われる事に何の感情も無い。ただの物理的な接触がそこにあるだけ。
そう、私は受け入れるだけだ。
漠然と姉妹たちの最後を思い出すも、彼の振る舞いから尊厳のある最期を迎えられそうな予感を抱いていた。
頭では自分の運命を理解している。
覚悟も出来ている、はずだった・・・。
しかしいざその時が自分の身に迫ると流石の彼女も冷静ではいられなかった。
小刻みに震える体。
寒さからくるものでは無く、これから女として初めて経験するであろう恐怖と痛みを想像すると慄いた。
先ほどまで纏っていた白い布も脱がされ、そのしなやかな肢体は露わになっている。
彼女は細い腕で申し訳程度にカラダを隠すも、その目的とは裏腹にその魅力と女性らしさを強調するだけであった。
彼の指先が彼女のカラダに伸びてくる。
ピクリと彼女が反応し、数秒後に始まるであろう ”宴” に硬直する。
しかしまた彼女の予測は良い意味で裏切られた。
彼は彼女のそのホコリで汚れた髪の毛を優しく撫で、その汚れを丹念に落としてくれた。
彼 「綺麗な髪の毛だな。」
彼女に対して言われた言葉では無い。
虚空に呟くように言葉が静寂に飲まれていく。
彼の眼は彼女を見ている・・・しかしその眼は”今”では無く”未来”を見据えているようだった。
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彼女が彼の家に来てから、何日かが経過していた。
奴隷として買われたはずの彼女。
しかし一向に厳しい労働も彼の寝床に連れていかれる事も無かった。
訝しげに彼を見つめる事もあったが、彼女がそこに居ないように彼は振る舞い続けた。
ある日小脇に荷物を抱えて、彼が仕事から帰ってきた。
彼は部屋着に着替えると、彼女には目もくれず黙々と何かを作り始めた。
目の前で出来上がっていく物を見つめる彼女。
そんなはずはない・・・頭では否定するも、目の前に突き付けられる現実。
より現実味を帯びて完成してゆく成果物は彼女の心を大きく揺さぶった。
彼 「ここが今日から君の家だ。」
そこには彼女の故郷と瓜二つの、彼女のための寝床が用意されていた。
彼 「君さえ良ければ、ここで家族を作らないか?」
今までどんなにつらいことがあっても彼女は声をあげなかった。
笑顔で微笑むことはあっても大きく感情を表に出すことはなかった。
自分の人生を諦めていたから。
こんな自分に”未来”なんて無いと思っていたから。
彼女は声を殺して泣いた。
彼が彼女の髪をそっと撫でた。
穏やかな時間の中、二人は結ばれた。
月が微笑んでいた。
ーーー つづく ーーー